アパート経営を法人化するメリット・デメリットとボーダーライン

この記事の執筆者 税理士 藤井 幹久

マルイシ税理士法人の代表税理士です。責任者として、相談業務から申告実務までの税理士業務に取り組んでおります。また、不動産税務と相続税・相続対策を主として、提携の税理士やコンサルタント及び弁護士等の他の士業と協業しながら、「不動産と相続」の問題解決に努めております。

【執筆者:税理士・藤井幹久】
アパート経営の法人化を検討中の賃貸オーナー向けの記事です。記事の前半では、法人化による5つのメリットと3つのデメリットを紹介。後半では、法人化までの流れ、そして法人化の目安となる利益のボーダーラインをクローズアップします。

アパート経営の法人化とは

アパート経営を法人化するときには、「所有会社」と「管理会社」どちらかを選択する必要があります(※)。それぞれの特徴を比べてみましょう。
※この他、サブリース方式もあります。

関連記事:不動産投資の法人化とは?メリットやデメリット・タイミングを不動産税理士が徹底解説

不動産の所有会社を設立(建物所有方式)

個人事業主として所有していたアパートを、立ち上げた法人に移す方法です(※)。一例では、本人が法人の代表取締役に就任。親族を取締役などにするといったやり方が考えられます。家賃収入はいったん法人に入り、そこから役員が報酬を受け取ります。
※新規の場合は、法人を立ち上げて不動産を所有します。

不動産の管理会社を設立(管理受託方式)

個人事業主として所有していた(または、これから所有する)アパートをそのまま個人で所有。このアパートを管理する管理会社を法人として立ち上げる選択です。一例では、この管理会社から子などが給与を受け取るといったやり方が考えられます。 管理報酬は家賃の3〜5%程度が相場。これが収益の源泉になります。

※一般的に節税効果が高いのは「所有会社」の設立といわれます。そのため、本稿ではこちらを選択することを前提に解説していきます。

関連記事:不動産管理会社の設立で節税ができる仕組みを不動産税理士が解説

アパート経営を法人化する5つのメリット

アパート経営の法人化による最大のメリットとして、「節税対策の手数が増えること」が挙げられます。この部分に魅力を感じて法人化を決断するオーナーも多いと思います。具体的な節税対策には、次の内容があります。

メリット1:所得税の節税ができる

アパート経営をしていて、ある利益のボーダーラインを超えると、法人化した方が有利になります。その理由は、個人の所得税は、利益(課税所得)が増えるほど税率が上がっていく「累進課税」を採用しているため、あるライン以上になると法人税の方が安くなるからです。
※どれくらいの利益が法人化のボーダーラインになるかについては、この記事の後半でくわしく解説します。

メリット2:相続税の節税ができる

個人事業主としてアパート経営をしている場合、賃貸オーナーが亡くなると、アパートが相続税の対象になる可能性があります。一方、アパート経営を法人化して法人のオーナーを親族にすれば、経営者が亡くなっても、これらの資産は会社のものですので相続税の対象になりません。

メリット3:家族を役員にして節税できる

個人事業主の場合、ビジネスで儲けが出れば、本人に利益が集中します。これに対して法人化した場合、家族を役員にして給与を支払うことにより所得の分散(=所得税の節税)が可能になります。例えば、5,000万円の所得を本人3,500万円、妻1,000万円、子500万円のように分散するといった具合です。さらに、役員には社宅制度や役員退職金も認められます。退職金は給与と比べて個人の税負担が少なくなりやすいので節税効果があります。

メリット4:損失の繰り越し期間が長くなる

損失を翌年度に繰り越すことは個人事業主でもできますが、法人の方が繰り越せる期間が圧倒的に長いのが特徴です。個人の繰り越し期間3年に対して、法人の繰り越し期間は10年です。アパート経営をしていて怖いのは、自然災害などの不可抗力で修繕費が発生するようなアクシデント。多額な修繕費(損失)が発生しても、繰り越し期間が長ければ長期で均等化して運営していけます。

メリット5:経費計上の選択肢が増える

アパート経営の法人化によって、経費計上の選択肢も増えます。その代表例は、社用車や役員社宅です。法人が所有して業務で使用する車両(社用車)については、減価償却費、車検代、損害保険料、修理代などを経費計上できます。役員社宅についても、法人が社宅を所有又は借り上げをして役員に貸与した場合、その社宅家賃のうち一定額を法人の経費に計上できます。


アパート経営を法人化する3つのデメリット

とにかく節税したいから法人化したい。こんな考え方の賃貸オーナーもいますが、法人化によるデメリットも見逃せません。この部分をしっかり把握した上で決断するのが賢明です。

デメリット1:法人設立時にコストがかかる

アパート経営を法人化したときのデメリットのひとつ目は、設立時にコストがかかること。国に支払う法定費用と専門家への報酬などを合わせて、26〜30万円程度のコストがかかります(株式会社の場合)。その内訳は次の通りです。

  • 法定費用総計:約20万円(電子定款の場合)
  • 専門家の報酬(代行手数料):5〜9万円程度
  • 実印制作費などその他費用:1万円程度

デメリット2:住民税と社会保険料の負担がある

個人事業主でアパート経営をしている場合、赤字経営で利益がないと住民税はかかりません。これに対して、アパート経営を法人化すると、赤字経営でも最低7万円の法人住民税(均等割)がかかります。また法人化して役員に給与を支払った場合、社会保険料への加入が義務づけられるため、その負担が重いのもデメリットです。

デメリット3:法人化特有のコストや税負担が発生する

個人事業主から法人化をする場合、個人から法人にアパートなどを売却することになります。個人では売却益が出た場合には譲渡税(所得税・住民税)がかかります。また、法人では個人から購入した建物などについて不動産取得税・登記費用などのコストがかかります。
また、上記の法人から個人に支払う売買代金が未払いといなった場合、個人では法人に対して債権(貸付金)を有することになります。個人の相続時にこの貸付金残ったままである場合には相続財産となるため、高齢の不動産オーナーが法人化をした場合には、多額の貸付金の発生によりかえって相続税の負担が増加することがあります。

アパート経営を法人化するまでの流れ

アパート経営を法人化するときの基本的なタスクを6項目にまとめました。数多くのタスクがあり、それぞれに専門知識が求められます。そのため、専門家の適切なサポートを受けながら進めていくのが安全です。

1.始めにやらなければいけないこと

アパート経営の法人化にあたって最低限決めなければならないのは、社名、決算期、設立日、本店所在地、資本金、役員などでしょう。これらについては、個々で事情が違うと思います。自社にとってベストな内容で設定し、個人事業主から法人への移行をスムーズに進めましょう。併せて、各種手続きで必要となる法人実印や社判も早めに作成してください。

2.法人の種類を決める

一口に法人といっても、株式会社、合同会社、合資会社、さらには一般社団法人、一般財団法人などさまざまな種類があります。これらのうち、一般的に選択されることが多いのは、株式会社と合同会社でしょう。両者の違いをまとめると以下のようになります。違いを理解した上で選択しましょう。単純にコストを抑えることだけを考えれば合同会社が有利ですが、株式会社には出資(=オーナー)と経営(=社長)を分離できるなどのメリットがあります。

株式会社と合同会社の主な違い

比較項目 株式会社 合同会社
登記費用の目安 20万円〜 6万円〜
官報掲載費
※義務ですが行わない会社もあり
6万円 不要
上場 できる できない
利益分配の考え方
※定款に規定がない場合
出資額に準ずる 均等の利益配分

関連記事:不動産管理会社(合同会社)を設立する前に知っておきたいポイント

3.定款を作成する

定款は会社の憲法ともいえる重要な存在です。法人化にあたっては、必ず作成する必要があります。定款のフォーマット自体は、さまざまなサイトで無料提供されています。これらをカスタマイズしながら自社の実状に合わせた定款を作成しましょう。株式会社であれば発起人全員で作成し、公証人の認証を受けます(その後、資本金の振込)。合同会社であれば社員全員で作成します。

4.設立登記を行う

登記に必要な書類を取りそろえ、登記手続きを行います。具体的な書類は、登記申請書、取締役の就任承諾書、代表取締役の就任承諾書などです。

5.税務署への届出書類の作成

法人設立に関連して、税務署に届け出なければならない書類は次のとおりです。

  • 法人設立届出書
  • 源泉所得税の納期の特例の承認申請書
  • 給与支払事務所の開設届出書
  • 青色申告の承認申請書
  • 減価償却資産の償却方法の届出書
  • など

上記のうち、1~3の書類は届出が必須です。残りの書類は必要に応じて提出してください。これらの書類の詳細説明は国税庁のホームページでされていますが(参照)、一読しても一般の方には理解しにくい面もあります。税理士の力を借りて届け出るのが無難です。

6.社会保険の加入手続き

法人化をすると、報酬を受け取っている役員が1人でもいれば、社会保険への加入は強制となります。社会保険への加入時に提出する書類は「健康保険・厚生年金保険 新規適用届」「健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届」の2つです。添付書類に法人の登記簿謄本(コピー不可)が必要になるため、設立登記をした後に速やかに行いましょう。


アパート経営を法人化するボーダーライン:利益1,000万円以上なら法人化を検討

アパート経営をしていて「いつ法人化すればいいか」というタイミングで迷われる方はかなり多いと推察されます。理由は専門家によって、法人化を推奨する利益(課税所得)のボーダーラインが違うからです。

例えば「法人化 利益 目安」のキーワードで検索した場合、「利益500万円以上なら法人化メリットがある」という税理士事務所もありますし、「利益600万円から800万円が目安」と解説する公認会計士もいます。また、一般的には1,000万円前後が目安という専門家は多いです。

つまり、何を重視するかで法人化のボーダーラインが変わってくるわけです。ここでは、所得税の節税を重視した場合で考えてみましょう。そもそも個人事業主と法人では、課税所得への実行税率が変わってきます。まず、個人事業主は、下記の所得税に10%の住民税が加算になります。

課税される所得金額 税率 控除額
1000円から194万9000円まで 5% 0円
195万円から329万9000円まで 10% 9万7500円
330万円から694万9000円まで 20% 42万7500円
695万円から899万9000円まで 23% 63万6000円
900万円から1799万9000円まで 33% 153万6000円
1800万円から3999万9000円まで 40% 279万6000円
4000万円以上 45% 479万6000円

出所:国税庁「所得税の速算表」令和2年4月1日現在

一方、法人税の実行税率はおおむね次のようになります。

  • 400万円まで:22%程度
  • 400〜800万円まで:25%程度
  • 800万円以上:35%程度

これらをもとに、社会保険料なども含めて考えますと、課税所得600〜700万円まではケースバイケース(ほとんどの場合、法人化しなくて可)。700〜1000万円あたりになると、法人化のメリットが大きくなる会社が増えます。気になる方はこのあたりで一度、税理士に法人化を相談してみるのも一案です。さらに課税所得1,000万以上になると、法人化しないデメリットの方が大きくなります 。すぐに税理士に法人化を相談してみることをおすすめします。
ただし、上記のボーダーラインは、不動産所得のみでみた場合の話です。サラリーマン大家などで他に給与所得がある場合には、その給与所得も考慮に入れて判断をすべきですので、より複雑になります。この場合にも税理士に相談しましょう。

まとめ

ここでは、アパート経営を法人化したときのおもなメリット・デメリットに交えて、実際に法人化するまでの流れをテーマに解説してきました。下記のメリット・デメリットの両方を見据えて法人化を検討するのが賢明です。

アパート経営法人化の5つのメリット

  • 所得税の節税ができる
  • 相続税の節税ができる
  • 家族を役員にして節税できる
  • 損失の繰り越し期間が長くなる
  • 経費計上の選択肢が増える

アパート経営法人化の3つのデメリット

  • 法人設立時にコストがかかる
  • 住民税と社会保険料の負担がある
  • 法人化特有のコストと税負担が発生する

最後に触れた通り、年間利益1000万円が法人化のひとつの目安です。利益700万円、800万円の個人事業主の方も法人化した方が有利なケースもあります。いずれにせよ、法人化ありきでなく一度、税理士に個別の事情を踏まえて相談した上で法人化を実行するのがおすすめです。

マルイシ税理士法人の「法人化シミュレーション」は、毎年の所得税等や相続税の節税額、社会保険料の負担増などを具体的に数値化し、賃貸オーナーが法人化すべきか迷っているときに有益な判断基準を提供するサービスです。
また、すでに法人化を決めた賃貸オーナーに対しても、適切なアドバイスとサポートが可能です。まずはお気軽にご相談ください。

監修者情報

税理士

藤井 幹久

Fujii Mikihisa

マルイシ税理士法人の代表税理士です。責任者として、相談業務から申告実務までの税理士業務に取り組んでおります。また、不動産税務と相続税・相続対策を主として、提携の税理士やコンサルタント及び弁護士等の他の士業と協業しながら、「不動産と相続」の問題解決に努めております。

相談業務を最も大切に考えており、多いときには月に100件以上の相談対応をしています。セミナー・研修の講師や執筆を数多く行っており、「大手不動産会社の全国営業マン向け税務研修の講師」「専門誌での連載コラムの執筆」「書籍の執筆」など多くの実績があります。

税理士業界の専門誌において「不動産と相続のエキスパート税理士」として特集されるなど、その専門性の高さと実績を注目されている税理士です。

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